こんにちは。高見石材です。連日猛暑が続いています。皆さんいかがお過ごしでしょうか??屋外では、もう溶けそうとかそういったレベルではなく、日差しが痛いレベルです”(-“”-)”
無理な外出はせず、屋内外問わず、しっかり熱中症対策をして過ごしましょう。屋外のお仕事のかたは適切に休憩をとりながら過ごしてくださいね。
さて、コロナ禍が落ち着かない中、遠方への旅行をためらわれている方へ。ネット情報やガイドブックを元に、私たち石屋がご案内する『日本の石どころ探訪』はいかがでしょう。
第一回は和歌山県の高野山。弘法大師空海が1200年前(平安時代初期)に築いた日本最大の宗教都市であり、真言宗の総本山です。ここには、標高約900mの盆地にお寺が何と117もあります。2014年には吉野と熊野とともに、『紀伊山地の霊場と参詣道』として世界遺産にも登録され、コロナ禍以前は外国人観光客でにぎわっていたそうです。
空海の御廟のある奥の院は、織田信長や豊臣秀吉など、名だたる戦国武将たちの石の供養塔が並んでいることで知られています。
歴史のある所に石あり。
空海の伝説にちなんだ石もあり、他にもお地蔵様、道しるべ、石庭・・・と高野山では至るところで印象的な石と出会います。
高野山で誰もがその空間に圧倒されるのが奥の院です。
入り口の一の橋から2km先には弘法大師御廟があり、一帯は聖域となっています。参道の両側には杉の大木が高くそびえ、木漏れ日が差し込む中、石の供養塔がおびただしく並びます。五輪塔の杉の木が独自の雰囲気を醸し出すのに加え、苔むした石塔は自然と一体化し、まさに異界に足を踏み入れたよう。
世間では『お墓じまい』という言葉が聞かれるようになってしましましたが、年月を積み重ねることで風格を湛えた石が立ち並ぶ光景を、ぜひ一度ご覧いただけたらと思います。
現在のようにたくさんの石塔が並ぶようになったのは、江戸時代からといいます。徳川家が家康の霊廟を建て祖先崇拝を勧める一方、高野山が庇護を求めて各大名と結びついたことがその理由とのこと。
一番大きい石塔は、1627年(寛永4年)に建てられた崇源夫人五輪石塔で、高さは6.6m!今の石屋は大きなトラックで搬入してクレーン車を使って建て上げると思いますが、それでもこのようなサイズの石碑を手掛けることは、かなりレアなケースです。
当時、石塔は大阪などから船で運ばれた後、丸太を使って山道を運んだそうで、その苦労を思うといっそうこの空間が特別に感じられます。