こんにちは。小千谷市の高見石材です。9月になりました。とはいえ、まだまだ暑い毎日が続いています。
ようやく遠方への旅行など、気兼ねなく出かけられるようになってきましたね。外国からの観光客も戻りつつあり、あちらこちらで賑やかな声が聞こえてきます。魅力的な場所はたくさんありますが、渡したい石屋からは、やはり石の話題をお届け。以前お届けした高野山の続編をご案内します。
高野山では道の脇ににたくさんの石柱を目にします。これは町石(ちょういし)とよばれ、弘法大師空海が建てた卒塔婆に由来する五輪塔型の石柱です。慈尊院から奥之院まで、参拝するための約24キロメートルの道のりに建てられた道標です。町(ちょう)は、昔使われていた長さの単位で、一町は109メートルに相当し、この石柱はおよそ109メートルおきに置かれています。
この道は『町石道ーちょういしみち』と呼ばれ、弘法大師が高野山を開山して以来の信仰の道とされてきましたが、今では整備されてハイキングコースとしても知られるようになりました。世界遺産にも登録されている歴史ある高野参道道のひとつでもあり、神谷山麓や道沿いには、弘法大師空海に由来する史跡や名刹が点在しています。
町石は、町石道の起点となる慈尊院から壇上伽羅の根本大塔まで180基、さらに根本大塔から奥之院の弘法大師廟までに36基があり、この数は胎蔵界180尊、金剛界37尊を表しているといわれます。元々は木製でしたが、鎌倉時代に石造に建て替えられました。
当時の人は、一町ごとに合掌をして高野山への歩みを進めたと伝えられています。現在でも多くの町石が建立当時のまま残り、今なお昔日の面影を伝えています。いにしえから続く幾多の参拝者の息吹を感じられそうですね。